
日本最大級のスタートアップの祭典「IVS」が7月1日~3日に京都で開催されました。IVSは今回で15回目を迎え、セミナーに参加するだけでも意義があると言われるほど、国内スタートアップシーンの熱量が集まる場です。Bee Informatica(ビー・インフォマティカ )の代表・稲田史子は3回目の参加となる今回、登壇者としてステージに立ちました。
今回登壇したのは、女性起業家特集の第二弾となるパネルセッションです。テーマは「原体験は資産か、バイアスか 」。起業のきっかけとなった原体験が、事業を前に進める力になるのか、それとも足かせになるのか。率直な議論が交わされました。

「女性起業家の中には、自身の原体験に強く紐づいたビジネスモデルから離れられず、事業を変化させられない人もいるのではないか」パネルはそんな問いかけから始まりました。
企業は成長する過程で、事業モデルを変化させながら生き残っていかなければなりません。しかし、「社会的意義や原体験を熱く語る起業家ほど、数字やロジックに基づいた変化を受け入れづらい側面がある」という指摘がなされました。
稲田自身の原体験は、大きく3つのエピソードで語られました。
1つ目は、大学進学時の出来事です。父親の会社が倒産し、進学が危ぶまれる中、育英会の奨学金によって大学に進学できたという経験です。この経験から、金融へのアクセスが人生を左右するということを、身をもって知ることになりました。
2つ目は、幼少期からの途上国への関心です。バングラデシュのマイクロファイナンス、そしてノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行の存在を知り、現地を訪れるツアーに参加するなど、学びの機会に恵まれました。
3つ目は、バングラデシュでのオフショア開発の経験です。現地の起業家やテクノロジースタートアップとの出会いを通じて、サービスがより早く、より身近な形で人々に届けられる様子を目の当たりにしました。
これらの体験が、現在のBee Informatica(ビー・インフォマティカ)の原点となっています。
しかし、原体験が素晴らしいことと、事業として成立することは別問題です。稲田はビー・インフォマティカでの起業にあたり、グラミン銀行のモデルである、女性限定のグループレンディングを、テクノロジーを使って届けようとしました。
しかし、実際にはうまくいきませんでした。グループでの融資という形式自体が顧客から敬遠され、さらに投資家からも「女性だけを対象にする」という点に疑問の声が上がりました。理想としてのモデルと、事業として継続できるか、市場に受け入れられるかという現実との間には、大きな隔たりがありました。
そこで、融資を個別での対応とし、対象者も性別を問わず対象を広げるように、ビジネスモデルを変更しました。
投資家からのフィードバックを受け、ストーリーを変更した当時の様子を、こちらの記事で紹介しています。
【CEOの歩み4】「投資の対象」となるまでに必要だったこと——100人の対話から得た確信
一方で、原体験がなければそもそも起業のスタートラインに立てない、という現実もあります。特に、資金調達をして事業を拡大させる場合、原体験が強烈でなければ投資家の心に刺さりません。思いの強い起業家ほど、投資家の心を動かすというのが実感だといいます。
実際、稲田自身も、あるエンジェル投資家が「これだけの原体験があれば、この人は事業を簡単には辞めないだろう」と判断し、1,200万円を投資してくれたというエピソードもあります。エモーショナルであること、強い動機を持っていることは、事業を始め、続けていく上で欠かせません。
パネリストたちの議論は、「原体験を軸としつつも、顧客の声を聞きながらビジネスモデルをフィットさせていかなければ事業は成り立たない」「原体験からの思いは変化を拒む頑固さではなく、あくまで柔軟性と両立してこそ資産になる」という結論に至りました。
パネル後半では、「あなたの事業はPMFを果たしましたか」という問いが投げかけられました。
稲田の答えは「果たした」でした。その理由として挙げられたのは、単月黒字化を達成したこと、実際に事業を使ってくれるユーザーが存在すること、そして必要なコストを賄えるだけの収益が生まれてきたことです。大きな目標をひとつ達成できたという実感が、PMFという言葉に重なりました。 リピート率にも触れました。既存顧客の8割がリピーターです。
会場の別の登壇者からは、解約率の低さに加え、「誰が売っても売れるようになった」という状態、たとえばインターンが営業しても成約に至るという状態こそが、PMFを実感できる指標だという意見も出ました。
「原体験は資産か、バイアスか」という問いに、明確な答えはありません。強烈な原体験は起業の原動力になり、投資家の心を動かす資産となります。しかし、それに固執しすぎれば、市場や顧客の声に耳を傾けられなくなり、事業の足かせにもなりかねません。
大切なのは、原体験という「軸」を持ちながらも、顧客の声に合わせて柔軟に形を変えていくことです。IVS京都のパネルセッションは、その両立の難しさとヒントを、率直な言葉で伝える場となりました。